おれはやっとのことで


十階の床をふんで汗を拭った。
宮沢賢治/図書館幻想



夢の中に出てくる建物はがらんどうとしている感じがある。


地震の夢で起きて、母から昨日あんたうなされてたわよと告げられる。

うなされる・うなるとは言葉にならない音声をただ出しているだけのアレだ。

うなるといえば、亡くなった祖母は何かを言わんとして出てこない言葉を待つように、あるいは相手が自分の要求を理解してくれるという奇跡を期待しつつ、低くうなってじっと私を見つめていたときがあった。

出てこないあの時間とはいったい何だったのだろうと思う。でも言葉にならない限り祖母が何を要求しているのかはゼロだ。私たち家族は介護時に発生するそのもどかしさにいつも付き合わなくてはならなかった。

何かを要求しているのであればまだわかる。ただし、まったく困ったのは私の前で脈絡もなく言葉を待っているときだった。私は正直に言うとその時間が怖かった。それは最後の方は祖母が「祖母」でなくなっていくようなその過程を急激に味わっていたこととも少し関係しているように思う。私は仲の良い人たちをいったいどうやって認識しているのかわからなくなった。そしてこのことを考えるとき胃がうずく。


そもそも祖母が嫌いだったというわけではないのだ。私以外の親族の面々もそうだと私は信じている。

ただ、祖母は変わっていったし、他の人々ももちろん変わっていく。

一緒にまあまあ仲良く住んでいてもコミュニケーションの減少によって関係はゆるやかに変質していく。それがいやだったというわけではない。何を書きたいかはっきりせずに私も焦っているが、一連のことが不思議だと思ったのだ。…うまく書けない。


月明かりのおかげで山の尾根に雲がたなびいているところを目撃する。虫の音。