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「たましい」という名の記憶装置

こうしたことは、通常の人びとの死についても見出せることである。ある家族のメンバーが亡くなったとき、そのメンバーの「たましい」がどこかで生き続けているという民間信仰がある。そしてその「たましい」は「先祖」と呼ばれたりもする。関係者や子孫は彼を記憶し続けようとする。しかし時間が経つにつれて、その記憶は次第に薄れていく。その記憶を呼び覚ますためにおこなうのが、一年とか三年とかにおこなわれる「回忌」(年忌)である。つまり、回忌という儀礼は、故人を記憶し続けようという装置、「たましい」という概念を用いることで可能になった記憶装置なのである。小松和彦『神なき時代の民俗学』p.114

震災のアレコレを思ったり。

土日は法事があった方もいるのでは。



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まあ、自分も西暦何年まで記憶して頂けるのかなとは思う。

上の本でいくと、50回忌までがふつう?みたいで、平均寿命から考えると、2100年、22世紀初頭頃まで、いやもっと短いかもと思いつつ。