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存在とは

〈存在とは何か〉という問いを問いなおすことに哲学の究極の可能性を賭けるつもりで、現在においてしかできないような仕方で、かつて問われたこの問いに、もっと別の問い方、答え方がなかったかどうか、徹底的に吟味してみる、ということにでもなろうか。
木田元ハイデガーの思想』岩波書店、p79ー81 )


哲学云々はパスだが、コレは図書館で借りてきた本の中に。



いつも指摘されることが同じになってくる、ということがある。同一人物ではなく、多人数からである。つまり不得手な部分。


指摘されるのは嫌なことだ。調子がいっぺんに狂うっていうこともある。みんなどうやって対処しているのかしら、と不思議。


調子が狂うってのは、状態として良くはないのだけど、言われたことから何か判別して直して行くことができればとは思う。


ただ、不得手なことはなかなか直らない。

周りは呆れながらも我慢してくれてるのだろうな、と思うと申し訳なくはある。言ってくれているうちが華、という言葉もあるがこの言葉もなんとなく怖いものがある。


詰められたときの言い訳として、悪気はないんです、と言うのも柄じゃないので、黙って承諾している。冷静にいたいと思いながらだ。すでに心中冷静ではない。


ということをテレビの金塊の精製を見ながらふと思った。どろどろした高温の金の液体が火炎放射やら冷水によって整えられ固められていくのを見て、ふと感慨に。



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まあそろそろ。