クローディアの
秘密、という児童文学がありまして(1967)、前から気になっていたが、最近図書館で発見。
- 作者: E.L.カニグズバーグ,E.L. Konigsburg,松永ふみ子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/06/16
- メディア: 単行本
- 購入: 8人 クリック: 41回
- この商品を含むブログ (82件) を見る
コレは面白い、というよりも深い洞察に支えられているというのがいまの所感。もちろん面白い要素も含まれている。
内容をかいつまんで言えば、やんちゃな姉弟が家出して、メトロポリタン美術館に忍び込み、そこから秘密を発見して帰宅するというもの。
いろいろ読後に考えると、この話は「秘密」というものについての理解がとても深い。タイトル『クローディアの秘密』にあるように、姉のクローディアが秘密を発見することが、この物語のテーマなのだ。でも、よくあるような心の中にある秘密こそ宝物だ、みたいな感じでもないのだった。
家出バナシなので、キモはどうやって姉弟が帰宅の途につくかというところなのはすでにおわかりいただけよう。
終盤にかけて、キーパーソンとなる妙齢のおばさまが出て来て、姉弟の家出がどういう結末を迎えるかを告げていくところがイイ。
一部を引用
「なぜスケッチも売らなかったの?そうとうの大金になったはずなのに。彫刻やなんかとくっついているもの。」
「わたしはお金よりも秘密をもってるほうがいいのよ。」わたしはジェイミーに言ってきかせました。
クローディアには、わたしの気もちは通じるだろうと思いました。ジェイミーは、わけがわからないといった顔つきでした。
「その秘密をあたしたちにわけてくださって、どうもありがとう。」クローディアは小声でいいました。
美術館で見つけた「秘密」の鍵を握る人物がおばさまなのだけど、上のシーンはその秘密が語られたところであるようだ。ジェイミーは弟。
最初この箇所を立ち読みした時は、アレやっぱりそんなことなの?という印象だった。ジェイミーの気持ちに近い。二度目に読んだ時は、最初の印象がただしかったことを再確認する形になったのだった。
再確認の手がかりになったのは、ふつうはジェイミーのような気持ちを持つものだと考えられるのだけれど、クローディアの方が何か違う意味を汲み取った様子があるというところだ。
ここの書き方がまたイイ。あまり思弁的に多くをクローディアに語らせない。そして、もやもやした生まれたての感情のような形の秘密を読者にも渡してくれている(のだと思う)。
もちろん、秘密の内容は他の箇所にもいろいろと書き加えられているので、それらを重ねることでクローディアの受け取った秘密がなんだったのかが立体的に見えてくるようになっているのだと思う。
ここのところが思い出のマーニーとも似ている、と思ってその共通点がわからずに、私はわたわたと日々を過ごしていたが、ふと昨日思った。共通点は、秘密を受け取る、ということなのだ。どんな秘密だったのか。
きっとその秘密は素晴らしいもののハズだ、と思っていたのに、秘密の持ち主が現実的には味も素っ気もないことを、これまた味も素っ気もなさに押し潰されそうな日常を送っている主人公に教えてくれる、というところがなんとなく似てる。それでいて主人公を励ましていることになっているのだ。
ここのところ、発想の仕方とかうまく言えなくて、不思議な感じだ。味も素っ気もないことを伝えることが、どうして人を励ますことになっているのか。存在論的かも。
まあ、このことについても作者は話の中に書き込んでくれているようの思う。その箇所を見つけると、ちょっと落ち着く感がある。そこの訳し方も絶妙だ。表現がうまいのだ。イマジネーションがインスパイアされている。
☆
大事にしていた幻想を捨てる準備が完全に整うのは、それを捨ててもいいと思えるような別の幻想に出会ってしまったときのように思える。移動可能な幻想が用意されていることが必要か。でももっと別のことを言っているような感じのするのだ、大人になることに伴う、社会参加みたいな感じのより大きな何か。
やばい。疲れたので寝よう。