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ゲームセンター的な

雰囲気がわりと懐かしくなる時がある。


現実の流通貨幣を模したメダル。

食いつくようにメダルの行きかいを見ている人たち。

子ども狙いのお菓子を落とすマシーン。

UFOキャッチャーの焦点の定まらないぬいぐるみ群。

リノリウムのカラフルな床。

際限なく繰り返される電子音のメロディー。


まあ、最近ではめっきり行かなくなってしまったのだけど。

スーパーの入り口付近にゲームの機械があると、なんか駄菓子屋の名残りなのかなあと思う。ストIIとか。


ゲームセンターに行った夢を見た。

何かのゲームにいっときでも心を奪われることに不思議な感じを覚える。


でもトレンディドラマっぽいかも。好きな女の子の機嫌をなおしてもらうために、UFOキャッチャーのボタンとレヴァーを操る男性みたいな。


夢がトリガーとなって唐突にイロイロ思い出したのだけど、村上春樹二作目の話にゲームセンターが出てた。ピンボールというゲームマシンがまるで一つの象徴のような作品だった。


象徴も一つのゲームなのだと思う。イロイロあるゲームの一つ。


エンデも資本主義もゲーム、というか遊びだみたいなこと言ってたな。過酷な遊びとして。

なんかゲームとか遊びと言うと軽さが。

死ぬことをゲームオーバーと言ったら注意されたことがある。ゲーム脳と思われたか。でもそういう反応も面白い。


この人とはやっているゲームの種類が違うな、と思うことがある。仕事で特にそう思う。同じ仕事をやっているのに、私と彼の人とはゲームのルールやらどこにアイテムを求めるか、何がゴールとなっているかがイロイロ違うのだ。 やってるゲームの違いだ。私にはそのゲームがインストールされていない。まるで日曜に将棋や囲碁の番組を見ている感じ。いや、ちょっと違うかな。

ゲームを楽しんでいるのだけど、そのゲームそのものが持つ機能にアレな人がいるような印象もある。ゲームソフトの外側の話だ。彼の人は画面の中にいて、私は彼の人をブラウン管越しで見ている。彼の人を操るゲーム機をカチャカチャやってる人が私の横に鎮座しているのも知っている。


幼なじみの兄上がファミコンのソフトをたくさん持っていて、引き出しにカラフルなゲームソフトが綺麗に並んでいるのを見るとくすぐったいようなあの印象。世界の棲み分け。


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小3ぶりに四コマ描いた。


おやすみなさい

Gehen wir zu Bett.