読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雪の上に

照れる月夜に梅の花
折りて贈らむ
愛しき児もがも 
〔巻十八・四一三四〕 大伴家持

もがも、は〜があったらなぁみたいな意味で。

児は子どものことじゃなく、親しみを覚える人を。

梅の花を贈るような親しい人がいたらね、という感じか。

そういう気持ちまああるのかしらん?


梅の花が咲くのを、ほころぶ、とも言うそうで今日知った。小さい花に使う感じ?

梅花に対する感情

予等は梅花の一弁にも、鶴を想ひ、初月を想ひ、空山を想ひ、野水を想ひ、断角を想ひ、書燈を想ひ、脩竹を想ひ、清霜を想ひ、羅浮を想ひ、仙妃を想ひ、林処士の風流を想はざる能はず。(芥川龍之介「梅花に対する感情」『芥川龍之介全集 第十巻』)


文人趣味全開ですが、本人いわくそういうのは軽蔑するけどやっぱり高尚で峻厳な前人未到の地にこそ「快」があるのだそうで。

パラドックスを伴うそう。

この凡人の自分にはわからない何か素敵なものが隠れてるに違いない、みたいなのが高尚な趣味の醍醐味なのか。


昨日今日と遠縁のお通夜・お葬式だった。とはいえ、私はその親戚と一度も会ったことがない。諸事情で参列をした。そしてばたばたしたので疲れた。帰ってうどん食べて少し寝て、ゴミ出しに。ゴミ出しが欠かせないのは、祖父のオムツがあるからだ。

祖父は最近身体にいろいろ不具合が生じている。なんだこれ?みたいな症状だ。私は、江戸時代とかの昔の人が描き残した病人の絵をそのつど思い出す。人間の身体はやっぱり、私の想像の遥か上にあるものの気がする。うまく言えない。


それでは。




梅ちらほら

「萬葉のうちにある梅の歌では、私は、坂上女郎の、

  さかづきに梅の花うけて思ふどち
  飲みてののちは散らむともよし 

が何か心象に沁みてくるような香があってわすれられない。王朝自由主義の中の明るい女性たちが、男どちと打ち交じって、杯を唇にあてている姿が目に見えるようだ。」(吉川英治「梅ちらほら」『吉川英治全集・47 草思堂随筆』講談社、1970)


どちは仲間、みたいな意味だと推測。
吉川氏はこの歌から恋愛観を見出してるみたいだけど、そう?と個人的には思う。梅は最近ちらほら咲いてきている。


梅と関係ないが、花粉の季節のせいか身体が重だるく、無性にあご出汁が飲みたい。魚介のスープ。

梅の歌は古代からいろいろあるみたいで、いい機会なのでぼつぼつと読んでいきたい。


友人からの

年賀状が届く。「私は相変わらずです」と書いてあったが、高3以来10年以上会っていないので「相変わらず」がどういう状態なのかはわからず。


昨年末にブログアプリのアップデートをしたところ、画像があげられなくなってしまった。PCから投稿すれば画像もあげられるのだと思うのだけど、そこまではしないだろう。でも差し当たり今年いっぱいは続けたい。最近はもう1年くらいしか見通しがきかなくなっているというありさま。

年末年始は例年以上に忙しく、もうこんなのはこりごりだという気分。オフを満喫したかった。パジャマ福袋とか買いたかった。しかし買えなかったので、伸び切ったパジャマのズボンのゴムを抜いて新しいゴム紐をまた通す。

忙しかったゴタゴタがひとまず収束し、昨日くらいから少し新しい年始の計画を立てている。

今年もよろしくお願いします。ご多幸多き一年をお過ごしください。

児童文学の

表紙や挿絵について、劇画がだったのは、映画のポスターを意識してたのかしらとふと。

冬至らしく

日照時間も短かった本日。

最近知ったことだが、冬になると気分がすぐれないということは割とあるらしく。

個人的には頭が締め付けられている感じがある。気分も乗らないというか。それで甘いものを食べているが、甘いものを食べるのも症状なのだそう。

うーんなかなか。



夜な夜な

トップバリュ80g入りのあたりめをむさむさ食べている。29歳独身女性だ。アタリメはスルメの別の謂いというのは、当たり前ですね。


今日はメールで伝えたはずの内容がぜんぜん伝わっていないという事態があった。晩に自宅に戻っていたところ、先輩から電話があって「今日架空さんのプレゼン担当の日だけど今何してるの?!」と。

飛び上がった心臓。勢い良く確認した過去のメール群。

やっぱり私は間違ってない。私の担当は来年なのだから。メールにもその日付けが書いてある。今日ではなくひとまず安堵。

その後は、誰の責任なのかという問題になって一応謝罪メールが私の所に送られてきたのが午後8時。

恥ずかしながら、その間1、2時間はかなりはらわた煮えくりかえった状態だった。

向こうから日付けの打診があって、伝達情報は日付けだけだったなのになぜ伝わらなかったのか皆目わからなかった。後は謝罪メールなのになぜか私がおかしかったという感じの内容も解せなかった。

30分後、ようやく先方の誤解が解けて二度目の謝罪メールが来た。


まだしゃくぜんとしない箇所があったが、どうやって返信を打とうか考えあぐねた結果、自分でも不思議なことに明るく返信できた。

それはふとしたことで、そんなに怒らなくてもいいかと思ったのだった。誰も死ぬわけじゃないしね。

f:id:kakushisetutoshokan:20161217003448j:plain

ぱくぱくしてた。

鯉になりたい。